北見の光と影 第一章

「Kalsari(カルサリ)の家」今週は内地から来た工務店の案内とか。

連日女満別空港と行ったり来たり。。

トリトンに何度も行ったり来たり。

そしてここ。
北見には観光地が少なく、ハッカ記念館を連日・・・
あとは建築屋と言う事で日本最北のヴォーリズ建築のピアソン記念館。
それくらいしかない(笑)
北見のハッカは明治の終わりに始まり、昭和14年ごろに全盛期を迎え、世界のハッカ市場の7割を、北見が握っていた。
アメリカでは湿布や痛み止めの原料に、ヨーロッパでは芳香剤や菓子の香料に使われた。日本にとってハッカは外貨を稼ぐための戦略作物だった。
日中戦争が始まると、国はハッカの増産を奨励した。北見は最盛期に入る。ハッカで財を成した家は御殿を建てた。
いまのハッカ記念館の建物は、昭和10年に、北聯(今のホクレン)北見薄荷工場の研究所として建ったもので、隣の蒸溜館には、農家が共同で持っていたハッカ小屋が復元され、蒸留釜が展示されている。
この地で世界の7割。。。
強い光には暗い闇が映る。
歴史はキラキラした過去の話だけが語り継がれているのかもね。
遊郭、赤線、子供売買、賄賂、接待、、、と空想。
数年前に内地からの客人を連れて訪れた時、不意打ちで聞いてみた。
「蒸留して、薄荷だけかよ。何か、おかしなものも作ってたんじゃないのか。」
たまたまかもしれないが、そん時の係の人のムキになったキレ方が、尋常じゃなかった。
益々怪しい(笑)
昭和のジジイは宇多田さんのママで旭川育ちの演歌歌手の歌を思い出す。
赤く咲くのは けしの花
白く咲くのは 百合の花
どう咲きゃいいのさ この私
夢は夜ひらく
十五、十六、十七と 私の人生暗かった
過去はどんなに暗くとも 夢は夜ひらく
昨日マー坊 今日トミー
明日はジョージかケン坊か
恋ははかなく過ぎて行き 夢は夜ひらく
なんか怖ーー、、
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と言う事で深堀してみたら。。。
なんと興味深いネタが出るわ出るわ。出るわ。出るわ。。
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