北見の光と影 第二章 


トミカの立体駐車場が来た。
何だか色々気ぜわしく、やっと開封。
23台収容できる、、、車が足りない。。買わねば。


ちなみにこれです。
高価なので子供は買えません。
働くようになってから買ってください(笑)


昨日の続き。
ハッカ記念館を出たら、次はここ。幸町の高台に立つピアソン記念館。
大正3年、アメリカ人宣教師ピアソン夫妻の家として建った洋館で、ヴォーリズが設計した最北の作品だ。
入館料は無料。そして、いつ行っても空いている(笑)
いや、一度だけ例外があった。

2012年、MISIAの「恋は終わらないずっと」のMVに、この家が出てきたんだ。


今はベビモンだけど僕はMISIAも大好きで、ファンクラブにも入っていた。このMVは公開初日に見た。夜中、テレビの前で叫んだ。
えっ、ピアソン記念館じゃん!
絶句して、そのあと絶望した(笑)
実はその年、北見市の教育委員会にいた人の家を建てていた。教育委員会は、ピアソン記念館を管理している部署だ。その家は4月ごろに完成して、もう引き渡していた。
MISIAが来たのは、たぶん5月。管理する側だから撮影のことは当然知っていたし、僕がファンなのも知っていた。
それでも、どうしても言えなかったらしい。僕が知ったのは、MVが出た6月だ。
なんで教えてくれなかったんだ、と何度も言った。にやにやしながら「ごめんなさい」と。。
もしまだ建築中だったら、教えてくれなかった恨みで断熱材を少し抜いて、復讐していたかもしれない(笑)
まあ、それだけ真面目な人だったということだ。

翌朝、慌ててピアソン記念館に行ったら、MISIAの追っかけらしき人たちが鈴なりになっていた。
いつ行っても空いているこの家が人で埋まったのを見たのは、あの時だけだ。

光がハッカ記念館なら、ピアソン記念館は影の側に立つ家なのかもしれない。と言う事で今日はその話。


この家のかっこよさは背の低さにある。立ちが低い。だから、かっこいい。
エボホームの家も天井が低い。2階建てなら1階が2.2m、2階が2.1m。
今どきの家は2.4m前後が多いから、かなり低い。2階の2.1mは、建築基準法が居室に求める最低の高さそのものだ。
低い天井は暖房が効くし、地震にも有利。そう説明してきた。
でもフォルムの美しさも重要視してた。
「背の低い家を斜めに建てる」
カッコ悪いわけがない(笑)
ヴォーリズが晩年まで暮らした近江八幡の自邸も、下見板張りの壁に切妻屋根と煙突の、飾らない家だ。個人の住宅では、住む人の暮らしと使い勝手を何より大事にした人だった。
ついでに言うと、ヴォーリズはメンソレータムを日本に広めた男でもある。大正9年に会社を作り、輸入販売を始めた。メンソレータムのメンソールは、ハッカの結晶、薄荷脳と同じものだ。
世界一のハッカの町に、メンソレータムの男が家を建てた。出来すぎだ(笑)

ピアソンより前に、北光社を率いて北見に入植したのは、坂本直寛。龍馬のいちばん上の姉、千鶴の息子だ。
直寛とピアソンは、ただの知り合いじゃない。同志だった。
直寛に洗礼を授けた宣教師は、ピアソンが日本へ渡ってきた船に乗り合わせていた。
明治31年の大水害では、一緒に遠軽の信徒を助けた。旭川では、一緒に遊郭の撤去運動をやった。
そして明治44年、直寛は胃がんで死ぬ。
同じ年、ピアソン夫妻は日本で最後の伝道地を決めたとされる。直寛が拓いた町、野付牛。いまの北見だ。
遠軽にするか野付牛にするか迷った末、丘の上で夕焼けを見て、どこからか漂ってきた薄荷の香りに、ここだと決めたと伝わっている。
地主は、外国人なら相場など分かるまいと時価の10倍をふっかけたが、ピアソンは値切りもせずに買ったそうだ。
大正3年、夫妻は北見に移り住む。
そこで待っていたのは、ハッカに踊る町だった。

大正時代、野付牛はハッカの好景気に沸いていた。飲食店が建ち並び、その裏で大勢の芸者や遊女が働かされていた。
金が回れば、料理屋の座敷で接待も回る。

西 2 丁目北 3 条通に梅之家、一山亭、一喜亭、近江家、河西軒、花月亭という料亭が立地するようになっ た。
その中でも梅之家は道内屈指の豪華な大料亭であり、多くの芸者・酌婦を抱え、実質的な 遊郭機能を担っていた。と鈴木武氏の論文に記されている。

 

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